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第二話
雄大な男


叔父さんは、小学校の頃から珈琲が好きで、ドリップコーヒーも小学生だというのに自分から進んで淹れていた。
初めこそ苦いと言っていたようだが、段々虜になっていったようで、来る日も来る日も淹れ続けたそうだ。
次第にその苦さが好きになり、ドリップの仕方、ペーパーとネルの違い、抽出温度による変化など、夏休みの自由研究の課題にドリップコーヒーを選ぶ程のマニアだったそうだ。
小学校5年生の時に提出した、コーヒーについての提出物は、先生の度肝を抜き、もう伝説のようになっている。

僕の8つ上で、本当なら現在大学を卒業して4年目になるが、まだ若いにも関わらず、小学生の頃からあだ名は叔父さんなのだそうだ。珈琲が好きな子供と馬鹿にされた経験もあるらしい。 しかし、本気で珈琲に取り組む姿勢が次第に周りを感化させ、名前で呼ぶ人も居たそうなのだが、本人はプロになれないうちは叔父さんでいいと言い張ったそうだ。
子供がお金を持っているはずがないから、使う資材は親が買ってくる。親は取り組む姿勢に感化させられた一人であり、多少は出費があっても子供を応援したいんだそうだ。
子供にあるのは無限の自由時間だ。
叔父さんは好きな事はとことん打ち込めの言葉通り、ドリップに熱い時間を費やした。
そんな叔父さんを僕はヒーロー的な存在として見ていた。
僕は叔父さんになりたかった。何かのプロになりたかった。

叔父さんは浦部誠といい、3年前に夢であった自分のお店をオープンさせた。 他のお店で修行し、勉強し、腕を磨いた。
それだけだとお店を立ち上げても続けていけないと思ったから、大会に参加し、箔をつけようと目論んだ。 事実賞を取り、引っ提げてオープンさせた。初めのうちは紳士で真摯な姿勢がお客の評判を呼び、多くのファンを作った。遠くから叔父さんの珈琲を目的にする人が来るくらいまで成長した。雑誌にも掲載され、賑わいを見せ、表面的には順調そうに見えた。

しかし、それも今年、お店をオープンして3年目の夏で、叔父さんは、人気を博した珈琲と共に、この世から旅立って行ってしまった。

叔父さんは病気で、生まれつき心臓が弱かった。たまにお店も休んだ。
勿論、世間には隠していたし、知っている者も少ない。僕が知ってるのは、お店をオープンさせるタイミングで直接聞いたからだ。お店を開けるのに際し、もしもの時のために数人に打ち明けたと聞いていた。

叔父さんの最大の夢は、バリスタという珈琲を淹れる人の大会で優勝することだった。
叔父さんという人は、仕事に対していつも本気だった。
エスプレッソという珈琲を落とす時、準備から入れ終わるまでの時間が40秒といったら正確に40秒で落として見せた。トレーニングを欠かさないからだと言っていた。

そして、叔父さんは見事今年の上半期の大会で優勝した。念願の夢を叶えたのだ。
でも何か賞金が出るわけでもなく、珈琲の世界では補って余りある名誉を栄誉を手にするだけなのだが、特典があったとすれば、叔父さんの名前を冠した缶コーヒーの制作依頼が来たことだろう。世間に名前が広まる。

優勝者は次のステージ、世界で戦うはずだった。しかし、病気のせいで、沢山の人に惜しまれつつ叔父さんの幕は降りてしまった。
僕は、その叔父さんの人生を受け継ぎたいと率直に思った。しかし、その大きさに怯みもしたし、そんな簡単に受け止めらるものでもないと思い、すぐに考えを放棄した。
でも、叔父さんに近づきたいと思う気持ちは年々増加し、無視できなくなり、僕を勝負の世界へと駆り立てるのである。

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