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一話 後波 二話 雄大な男

第一話
後波


「はい、珈琲。暑いから冷たいの、おいしいよ。叔父さんの作った珈琲に間違いはなーい」
引いては寄せるさざ波の音が、まるで天国と地獄を行きかう僕らの今を象徴しているようで、つい先日失われたものの大きさが、更に大きなものになったかのように感じるのであった。
叔父さんの作った珈琲はよく冷えていて、思い出の冷たさと同調しているかのようで、渡されてから少し苦笑してしまった。そんなことは全くないのに。

鎌倉の夏は、海がそばにあることから沿岸はいつも風が吹いていて涼しい。
観光客が沢山押し寄せることから、電車の中はいつも混みあっていて、駅についた途端一気に空くことから、車内温度もそこで下がりぐっと不快指数も下がる。

駅を降りて角を曲がると、朝日で輝く無数の宝石でもあるかのような広大な海が広がり、それは何も考えずに進めば良いと語り掛けてくるような気がして、僕はその雄大な自然に圧倒されるのである。
海パン姿で脇にサーブボードを装着した原付バイクが、一気に4台も駐車場に入っていく。 既に海に入る準備が出来た者は、準備運動する者、ドロップインする場所を探す者、海に入り波を待つ者と、自分のレベルに見合ったポイントを探しているようだ。
その雄大な自然をわが物にせんとする目論む人たちで、夏のこの海は人気者である。


ここにカモメはいない。いるのは、常に人の手の中にある食べ物を空から狙い続けるトンビがいるくらいだ。
買ったばかりのおにぎりをこの青空の下で食べる事は彼らのおかげで出来ないと言っていい。 トンビの反逆者は、手に傷を負う可能性がある事を忘れてはならない。


青い海に蒼い空。
それだけでも気分は爽快になりそうなものだが、今日の僕はその効果を期待した10分の1にも感じる事が出来なかった。
汗がTシャツを濡らし、海のどこまでも吹いていく爽快な風が体に当たる事で、一瞬の涼しさを海は演出してくれるが、心の中まで爽快というわけにはいかないのだ。
頭の中はいろいろな情報が錯綜していて、蒸し暑いこの夏の日に、何もイメージの構築をさせてもらえない。
壁があるみたいだ。

「叔父さんの珈琲、飲みたいけど今は飲めないな」
暑くて、厚くて、熱かった日はもうない。
汗をかいてじりじり照り付ける太陽があって沿岸。それだけで冷えた珈琲は喉を潤すと同時に、気分も心も180°改善されるように思えたが、僕は手にしている珈琲を飲むかどうか迷った。
一人のサーファーが波に乗ろうとパドリングを開始したが、立ち上がれずに波に飲まれていく。立ち上がれずに飲まれていく。のまれていく。
気分が悪い。

こんな事態になって気分がいいわけがないのだ。そう自分に言い聞かせて、もう一度叔父さんに教えてもらったことを頭で反芻してみる。1から思い出したいのだが、壊れたテレビのように上手くイメージさせてもらえない。 本当はこれからのことをかんがえなければならないのに、僕のイメージ器官は壊れかけてしまったらしい。
それでも、叔父さんとの思い出は僕の中に雪のように降り積もっていて、蓄積されている。
それはシャボン玉のようにはじけて消えるような物ではないと思う。でも。

叔父さんの缶コーヒーは今は飲めない。

飲む資格は、叔父さんのように、珈琲を今よりも好きになって、誰かのために振る舞えるようになってからだとなんとなく思った。
叔父さんは僕の目標だ。
珈琲の先輩として、人生の先輩として、男として。
そのどれもが、今の僕には到底超えられない壁となって輝いているのだ。

「本当に凄い人だった」
太陽が眩しかったから、僕は左手で覆うようにして、目を隠した。

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